「今が大切」

2018/06/09 20:02 に 山口文夫 が投稿

放送大学大学院文化科学研究科  金子紀

 

  「今が大切」これは、私が尊敬する本多光太郎(1870/明治3 -- 1954/昭和29年)の言葉です。氏は実験物理学者で今の東北大学総長、東京理科大学学長を歴任しました。また「鉄の神様」と呼ばれ、KS鋼という従来の3倍に達する強力な磁石を発明し(1917年/大正6年)、日本特許第32234号を皮切りに世界各国から特許権を獲得し、第一回の文化勲章(1937年/昭和12年)を受章されました。日本の十大発明家にも選ばれています。磁石は産業発展にとって常に大切な材料であり、特に戦時中の需要は大きなものがありました。 

さて、残された色紙をみると1947年(昭和22年)を読み取ることができます。この年はKS鋼を47歳で発明してから30年、喜寿に当たります。今の愛知県岡崎市の尋常小学校をお尻に近い成績で卒業してから紆余曲折、16年後に今の東京大学物理学科を首席で卒業、さらに6年後の33歳に理学博士へと歩みます。秀才でもない自分が天皇陛下へのご進講をするまでになったのは、努力の賜物以外なにもないと、自他ともに認めるところだったようです。書物は分かるまで何遍も読み返し、物理現象は分からないことがあれば繰り返し実験して確かめたそうです。このような努力には、時間がいくらあっても足りず、時間を効果的に使うしかありません。このような半世紀以上の経験と自信から「今が大切」という言葉が生まれたものと私は思います。努力の継続という意味でしょうか、「つとめてやむな」という言葉も残しています。

  

その1947年、私は4歳で丸子多摩川の河原で遊びふけっていました。「今が大切」の言葉に出会ったのは19歳の時です。色紙のレプリカを貰った記憶があります。暫くして忘れてしまいましたが、23歳にて初めて仙台の地に踏み込み、東北大学金属研究所の玄関口で本多光太郎の胸像に出合い、それ以来、頭から離れない言葉になりました。胸像の傍らの碑文から一部を引用します。「先生研究に臨むや計画は深思周密を極めその遂行に当ってはよく適材を選んでこれを信任すること重厚昼は実験観察夜は思索綜合の本多式に徹し子弟と渾然一体となり心魂をかたむくるところ業績おのずから挙がる。後進をよく練成しよく暢達して多くの俊秀を学界産業界におくる。もろもろの顕彰国内はもとより広く英米独より至り一九三七年文化勲章制定を見るや先ず先生の胸間に輝く」

本多光太郎の生涯は「本多光太郎伝 石川悌二郎著」に詳しく書かれています。 

 今から20年ほど前でしょうか、会社の定年がぼんやり見えてきた55歳ころのことです。ふとラジオから流れてきた講演が耳に止まりました。演者は五木寛之で、およそ次のような内容だったと記憶しています。

 「自分の死期を決めてみることを勧める。例えば今50歳であったとしよう。まあ、ちょっと欲張って80歳であの世行きと考えるとあと30年の生命だ。何かやり残していることはないか、何かやってみたいことはないかなど、30年を意識すると妙に心が騒ぐ。そして30年を幾つかに分けてみる。10年毎とした時、最初の10年は会社生活だが、定年後の人生を考えて計画を立てよう。次の10年は、毎日が日曜日にならないように前の10年間で考えた計画を実行しよう。地域の生涯学習センターで勉強したりシルバーセンターに登録してボランティア活動をすることも面白い、新しい友達ができて楽しそうだ。最後の10年は家族仲良く食事や旅行など楽しみ、健康に注意して生活を送ろう。そして、もし80歳にて元気であったら死期をリセットして新しい計画を立てよう。この例は現在の年齢を50歳に仮定したが、20歳の若い人にも当てはまる。仕事、恋愛、結婚、子育てなど年齢に相応しい将来の夢の実現に向けた計画があるだろう」ざっと以上のような内容でした。面白いなぁ、と思って立てた自分の計画は、あとで話します。



実は最近になって五木寛之の「余命--これからの時間をいかに豊かに生きるか」という本に出会いました。そのなかに、こんなことが書いてあります。

「自分の逝く年を、一度は想像してみるのです。ふと桜を見るとする、あと五回か、あと四回か。こういうふうに物事を見ていくと、一つひとつのことが大切に思えてきます。逝き方を考えるということ。それは、今まだ生きているということを、質的にもしっかり手応えのあるものとするということです。これまで私たちは、生きるということだけに重点を置いてきました。何歳まで生きる、生きてこうしたい、ああしたい、できればできるだけ長生きする、ということばかり考えてきたような気がします。これからは、生きるのはこの程度まででいい、これから先このくらいで自分はもうこの世を去るんだという計画を立てることも大事かもしれません。そういうふうに考えると、いま生きている一瞬がとても大切になっていくのではないかと思うのです」

 

ここで私の頭の中で本多光太郎の「今が大切」という言葉とぴったり重なるのです。本多光太郎が五木寛之とおなじようなことを考えたとは思いません。しかし、妙に「時を大切にしよう」とう意味が一致するのです。工学においてフォワードとバックワードとういう用語があります。前者は経験知をもとにする将来計画です。これに対して後者は将来を決めてそれを実現するための計画です。生活に当てはめてみると、後者の考えの方が充実感があるのではないかと思うのです。

 

さて、私のケースです。20年前のラジオ放送の時です。私は生涯に一度、学校の先生になりたいと思っていました。偶然にもその時、地元の高専で先端技術を紹介する教員を求めていたのです。欲張らずに、取り敢えず75歳を寿命として考えました。60歳定年までは非常勤講師として仕事と両立させ、そのあと本職となり、産学連携をして地元にたくさんの友達を作る。先生の定年は63歳、そのあとにお世話になった友達と会社に、自分の得意とする特許など知的財産の知識と経験をもって恩返しする。まあ70歳までで、そのあとの5年間は読書、音楽、旅行だなと考えたのです。だいたいシナリオ通り始まりました。しかし先生時代に放送大学の大先輩、矢野正義さんと葛貫壮四郎さんに出会い、学習そして研究の魅力に取り憑かれました。友達に恵まれ、とうとう75歳になる今でも仕事にありついています。有難いことだと感謝しています。そろそろこの世とおさらばな筈です。しかしどうみても、あと10年くらい延長して再計画を考えている今日このごろです。「今が大切」そして「つとめてやむな」を毎日の生きがいとしている次第です。

 

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