放送大学で学ぶ臨床検査技師の私  生活と福祉  高柳 美伊子

2015/01/28 19:31 に 山口文夫 が投稿   [ 2015/01/28 19:37 に更新しました ]

1.放送大学と私

生活と福祉を専攻しています。科目履修生としては2012年に再入学しましたが、2013年から全科履修生となりました。30年前に筑波大学医療技術短期大学部を卒業しましたが、当時は3年制でした。現在は医療系大学の多くが4年制となっています。友人の中には大学卒業後すぐに放送大学に編入する人が数人いました。私も様子を見ながら科目履修生で入学しましたが、幕張の学習センターに一度も行くこともなく、レポートを何とか提出しましたが、試験の日に仕事を抜けられず断念しました。時間の余裕ができてからは今思えばもっと早く始めればよかったと思いますが、同じ大学の後輩が、それまでの学術活動を申請し大学院へ入学したいと相談してきたことに刺激を受け、自分にはいきなり大学院に通うのは無理だけれども、かねてから気になっていた放送大学に再入学してみようと思いました。両親の介護にもそろそろ時間を取られそうで、43kmの通勤距離で管理職の仕事を続けるのは難しく今のうちに家の近くで働ける環境にしなくては、と転職を考えていた折でもありました。仕事だけでなく、何か自分が楽しみながら出来ることをやりたいとも考えました。

 2.仕事

救命救急センターへ臨床検査技師として病院の立ち上げから勤務しましたが、当直が月に10回、当直明けもないという今では考えられない過酷な状況でした。そのような中でも同僚たちと研修会に参加したり、全国各地で開かれる学会も参加するために発表をするようにしました。新しい病院だったこともあり、部署には新人の技師4名に年の離れた上司2名だけで、直接指導してくれる先輩はいませんでした。しかし、当時の病院長は新人の向上心を大切にしてくれる方でした。また、学会発表の指導をしてくださった病理の先生は研究に対する取り組み方を教えてくださり、人生の中で最も影響を受けた師です。特に尊敬していたのは、研修医からベテランの先生まで多くの臨床医の指導をされていたのですが、自分の仕事よりも指導を優先させていたことです。これは批判的な見方をする人も多かったように覚えています。なぜなら病理の結果が遅れてしまうからです。しかし、病理医は他の医師と違う。臨床病理検討会Clinico-pathological conference (CPCと略す)というカンファレンスがあります。病理解剖がされた患者さんの病態を臨床医と病理医が中心に検討するものです。私たちコメディカルスタッフや地域の開業医の先生方など医療従事者だけですが比較的オープンに行われます。手順としてはまず臨床医が診察を通して得た情報、検査結果などから導き出した臨床診断を説明します。そして治療経過、その経過の中で不明なことなどを含め全て明らかにします。病理医は各臓器の検査を行い最終的に病理診断をします。これが最終診断となります。病理医は臨床医が不明に思っている項目について回答していきます。一般の方には死後にそのように詳細に検討しても後の祭りでは、と感じる方もいるかもしれませんが、医療が科学的に行われていることの証明でもあります。医師が正しいと思って行った治療が思ったような効果を得ていたか確認すること、これは非常に重要な確認です。また、死因が不明な場合には遺族も正しい死因を知りたいと考えることがあります。病院の規模にもよりますが、病死であっても遺族が解剖を希望することで行われます。話が逸れましたが、師の行動からは病理医というのは日常においても臨床医を指導することが役割なのだと、言葉にしなくてもいつも感じられました。しかし、多くの病理医は超多忙でそれどころではないという方が多いと思います。実際、病理医は絶対的に少なく、いくつも病院を兼務しなければならないことも多いようです。師は20歳も離れた研修医に対しても病院長に対しても同じように接する方でした。ある時、検査室で師と私が話していると、1年目の研修医がやってきて『あのさ、これやってくれない』と横柄な態度で師に話しかけました。医師の世界は縦社会です。上の先生に対してあってはならない態度です。私はハラハラして、『・・・ですかね先生』と、何とかわからせようとしましたが、研修医は気づくことはありませんでした。師は『先生はなぜその検査をおやりになりたいと思われるのですか』などと普段通りに話しています。そんな感じもお気に入りでした。私は血液検査が主な担当でしたが少人数でしたので健診・生化学検査など何でもやりました。残業していると病理医不在のときには解剖の助手を外科部長から頼まれて手伝うこともありました。自分が部署のトップになった時には20数名の技師が在籍していましたが、最終的には50名に増えていました。新人には新人教育マニュアルを作り、人事評価を通して目標管理を行い、認定資格取得のためのロードマップも使うようになりました。自分たちが新人の時とは比較にならないほど教育は体系化され、指導者も指定するなど手厚いものだったと思います。しかし、熱心に研究をするスタッフの割合が増えるということはありませんでした。道は以前に比べて楽になったといっても、他に楽しいことも多い若い人にとって、楽ではない道を行くことを選ぶのは一握りでした。何が違うんだろうと、その一握りの若いスタッフと話したことがありますが、面白さを知ったかどうかの違いかな、という結論になりました。ただやらされたというのでは面白いはずがありません。仮説をたてて、大変な検討をして思ったような結果が出たときは何にも代えがたい喜びだと思います。また、仕事をしている中で大事にしていたことが、人とのつながりでした。さまざまな機械やシステムを検討し導入しましたが、決める基準は人でした。担当の営業の方でもいいですし、技術の方でもいいのですが話をして通じ合える方でないと、導入しても失敗と感じることがあり、機能的な評価や他の人の評価がさほどでなくても、話をきちんと聞いてくれる人がいる会社にすることで結果として正解でした。長くつきあうことになるので、その時点での機能よりも一緒に改善できることの方がメリットが大きいのです。

3.数学共楽会(学生サークル)

SIG(R統計学)に参加させて頂いています。入学式のときにサークル紹介でR統計を見つけて、え~R統計あるの、ラッキー!という感じでした。私はしばらくMacのユーザーで統計ソフトはstatViewを使っていましたが、病院で配給されたのはWINDOWSでしたので、苦手なエクセルに困っていたのです。会に参加してみると難しいということより、大好きなコーヒーは飲めるし楽しいというのが率直な感想でした。段々と皆さんの凄さがわかってきましたが、塩見先生はじめ皆さんに丁寧に論文の添削をして頂いたりお世話になっています。どこに出会いが転がっているかわからないものです。放送大学に入学しなければ出会えなかったと思うと、とても得した気分です。今のところ日曜日しか時間が取れないので、ゼミには参加していません。諸先輩方の歩かれている道を後ろの方からゆっくり歩いて行こうかと思っています。皆さんが楽しそうにされているので間違いないと感じています。

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