青海-チベット高地の草原調査1 塩見正衛

投稿日: 2011/04/30 23:57:39

2001年8月、私たち茨城大学一行4人は青海-チベット高原の草原における炭素循環の国際共同調査に参加するため現地に向かいました。試験地に行くには、まず北京から西寧に飛びます。北京を出るとすぐに、見渡す限り茶色い畑と疎らな樹林が続く黄土高原になります。そうして、30~40分もすると眼下に広がるのは波打って黄色に光る砂漠地帯です。甘粛省は中国でも最も乾燥した地域で、平地は一面が岩石や堅い粘土でできた荒漠砂漠です。山も見えます。山の北側にはわずかに緑が散在していますが、南側は完全な禿山です。この風景に、飛行機の窓から見下ろしている私は砂漠に飲み込まれそうな恐怖を覚えました。北京を飛び発って約1時間で、標高2200mの西寧空港に無事到着しました。

空港では古い知己の周興民さんをはじめ、何人もの出迎えを受けました。その瞬間、私はそこでいい研究ができそうな気分になりまた。

西寧には国立の高原生物研究所があります。西寧に2泊して高地に少し順応してから、研究所の古い箱型自動車に乗って試験地に行くことになりました。途中、どうも自動車の調子がよくないと思っていました。いくつもの山を越えて行くうちに、急な登り道でとうとうエンジンが止まってしまいました。運転手がいろいろ調べてみるのですが、すぐには動きそうにはありません。そのとき、下の方からピカピカのバンに乗った4~5人の一行がやって来て、私たちの自動車の後ろに止まったのです。そして、自動車の修理をしてくれると言います。西寧であった結婚式の帰りだとか、まだ訪問着のままの男の人が、それから2時間ほどかかって悪戦苦闘、やっとエンジンが動くようになりました。しばらく、私たちの車をゆっくり先導してから無事を確かめると、大きな警笛をひとつ鳴らしてからスピードを上げて遠ざかって行きました。

修理してもらっている間、私たちは近くを散歩して植物を観察したり、放牧してある山羊を追いかけたりして過ごしました。また、西寧から自動車で来た一行とも交流しました。その中に英語が話せる婦人がいて、彼女の息子さんが西安交通大学に行っていると自慢げに話していました。この大学とは、茨城大学工学部が交流協定を結んでいます。調査地の宿舎に着いたのは夜の9時ごろで、迎えに出てきた先発隊の唐艶鴻さんたちの大歓声で迎えられました。この後の3年間の調査で私たちはある大発見をしたのです。