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草原の風景               元茨城学習センター長 塩見正衛

2012/06/14 9:34 に 山口文夫 が投稿
1961年、東京にあった農業技術研究所に就職して17年間、ずっと同じ研究室で統計学の勉強していた。1978年になって急にいろいろ転勤の勧めが来て、8月に西那須野にある草地試験場の放牧草地で仕事をすることになった。それまでの屋内での生活から解放されて、そこでフィールドの開放感を味わうことができた。

草地試験場での仕事は、牧草と放牧牛の重量を何年も測りつづけ、その数値をもとに放牧草地の炭素や窒素の動態モデルを作ることであった。多少数学的な訓練は受けていたし、研究室の同僚と生態学の本を輪読することも好きで、モデルを作る研究は進んだ。一方、屋外での仕事は頭脳労働というよりも肉体労働で、真夏の蒸し暑い炎天下で草の中に埋まってする労働はかなり厳しかった。

仕事の場である草地を「美しい風景」と思ったのは、試験場の小高い丘の上に建つ白い試験舎から見下ろした斜面と平地に広がる牛が群れた牧草の緑の絨毯である。暑い夏の日も、牧場が雨で煙る日も、秋が深まって冷たい風が吹く日も、この丘から見る草地は美しい。

1987年、初めて中国の草原を旅した。黒竜江省の草原は、地平線まで見渡す限り広がっていた。数百頭の綿羊の群れがゆっくり草を食いながら移動していく。それ以来、東北部、内蒙古の東部から西部まで、青海チベット高原、黄土草原、さまざまな草原で人びとに会い、植物を調べた。あるときは、みずみずしい緑の顔を見せ、あるときは一面乾ききった厳しい様相を見せる草原。僕は今、内蒙古のガソンウラ山から数百メートル下に広がって見える草原を頭に描きながらこれを書いている。大群で進む綿羊と山羊の群れ、丘で休む牛たち、馬で駆ける牧民。

昨年見たのは、南ゴビ砂漠で土煙を上げて駆ける1群の駱駝。

あるとき、ニュージーランドに滞在した。なだらかな山は頂上まで草地が開発されている。緑の山は、遠くからは綿羊の群れが草を食いながら進む茶色の道が等高線のように見える。獣道はみごとである。

ここに美しい写真が1枚ある。中央ヨーロッパ、スロバキアの草地風景である。遠くにはカラフルな民家が数軒見える。ゆるい傾斜地にある濃い緑の草地では、褐毛に白斑のある牛が数頭草を食んでいる。とても幸福な田舎の風景だ。

日本は草地が少ない。阿蘇高原や安比などの火山地帯の草原、四国に広がっているカルスト草原、根釧や那須地方の人工草地に代表的される。これらの草地も美しい。地元の住民だけではなく、都会の人たちも見に来る。日本の草地は長い間、放牧や草刈りに利用されていたけれども、今は住民が減少して荒廃が進んでいるところが多いそうだ。

19934月に茨城大学に転勤してからは、簡単な調査道具とノートだけで草原の植物を調査できる研究テーマを選んだ。持ち帰ったデータは、解析すると美し数式になる。こういう研究ならこれからもまだつづけられそうである。
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