半乾燥地・内蒙古ステップの気候変動の解析 元 茨城学習センター長 塩見正衛

前号の「統計の話」では、「次回から新しい統計手法について書きたい」で終わりました。しかし、うまい実例で計算することができなかったので、代わりに内蒙古の1地域における気候変動の解析で替えることにします。内容は、気候学の専門家が見るとあたりまえの結果かもしれません。

中国では、詳細な気象データは公表されていないので、気象データをインターネットで自由に入手することはできないし、購入もかないません。10年ほど前に、中国の生物学者と共同研究していたとき、どうしても詳細な気象データが必要になりました。その生物学者の知人が大気物理学の研究者だとかで、私たちの研究対象である内蒙古錫林郭勒(シリンゴル)所在の錫林浩特気象台(44°02’N、116°04’E、標高1240 m)で観測したデータが入手できました。話によると、外国人による気象データの公表は禁止されているそうです。

入手したデータは、1952年から2000年までの49年にわたる日平均気温と日降水量ですが、1952年のデータは気象観測の開始が年次途中だったため利用できず、48年分だけのデータを使って解析を行いました。私たちに興味があったのは、「ステップにおける気候変動はどのようか」でした。この地域では、降水量が草地の植物、ひいては牛や綿羊などの家畜の生長を左右しています。

錫林浩特市は、1月には平均気温が < –20°Cになりますが、7月には > 20°Cに上昇します。年降水量は200~500 mmで、夏季に多く降ります。年平均気温、年降水量、降水日数の2000年までの推移、また草地植物の生育期間を大雑把に4月から10月と見て、その期間における気温、降水量、降水日数をプロットしたのが図1です。回帰分析の直線を書き込んだ図1からわかることは、気温、降水量、降水日数ともに、年次間の変動が非常に大きいことです。この48年間に年平均気温と植物の生育期間の平均気温はともに上昇しています。回帰式の推定値で見ると、1953年の年平均気温は0.84°C、外挿による2002年の年平均気温は3.52°Cで、この50 年間に2.68°C上昇しました。また、生育期間における上昇は2.10°Cです。

降水量は一見次第に減少しているように見えますが、年次間変動が大きいために統計的に有意とは言えません。傾向を判定するためには、もっと長い期間の観察が必要ということでしょう。降水日数は、50年間で20.6日減少し、生育期間では14.3日の減少でした。

私は、その後、別の研究者と一緒に内蒙古東部における気温変動について同様の解析をしたことがあります。そこでも年平均気温は50年間に > 2C°の上昇がみられました。以前、水戸気象台が> 100年集積してきたデータを解析して、100年間に約1°Cの気温上昇があると新聞発表しました。日本の気象庁では、全国から都市化の影響がない17気象台を選んで、気候変動の傾向を調べています。その数値でも、水戸の傾向と同じように、100年間でほぼ1°Cの上昇があったと報告されています。

錫林浩特で見られるような急激な気温上昇は、半乾燥地での特質なのか、普遍的なのかは興味のあるところです。ちなみに、ステップでは家畜の放牧で生計を立てている牧民は多数います。また、地域経済にとっても牧畜は重要な産業です。ここで示したような温暖化と乾燥化が草地と家畜の維持管理に、また砂漠化や黄砂の発生どのような影響を及ぼしているかは、内蒙古ステップにとって欠くことができない研究課題であり、政治・経済課題です。