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竹内啓著「偶然とは何か」と原発事故     塩見 正衛

2011/10/10 8:17 に 山口文夫 が投稿   [ 2011/10/12 8:40 に更新しました ]

この本は、昨年9月に岩波新書として出版されました。竹内氏は東京大学経済学部の名誉教授で、経済統計の分野はともかく数理統計学の本もたくさん書いています。統計学や確率論に親しんでいる人には、比較的理解しやすい内容だと思いますが、全くの素人には途中で投げ出したくなるところがあるかもしれません。

この本には、私には同意できない考えも出てきますが、それはさておき、第5章「偶然にどう対処すべきか」と第6章「 歴史の中の偶然性」の章に、原発事故以前に出版されたにもかかわらず、原発事故にも事故に触れているところがあります。ちょっと長くなりますが、ご紹介したいと思います。

「起こってはならない大事故」

時には大勢の人々に重大な被害が及ぶような「大事故」が起こることがある。そのような場合には、その事故の「責任追及」や「被害者の救済」をめぐっていろいろな議論が起こる。

このような事故は本来「起こってはならない」ものである。しかし人間のかかわることに「絶対」ということはありえないから、稀ではあっても現実にこのようなことは起こりうる。そのためにまず事前にこのようなことが起こる確率を十分小さくして、「そのようなことは現実に起こることはない」ことを保証しなければならない。その場合、すでに述べたように、「そのようなことが起こる確率は百万分の一である」などと言ってはならず、計画の責任者は「そのようなことはおこらない」と保証しなければならない。

 それにもかかわらず、そのような大事故が起こってしまうかもしれない。その場合、「このようなことが起こる確率は非常に小さかったはずだ」といってもいいわけにはならない。ことが起こってしまった以上、事前の確率は架空の計算でしかない。したがって、責任者は事故が起こったことに対して「責任」をとらなければならない。・・・

「きわめて稀な現象」

もしそれが発生すれば莫大な損失を発生するような、絶対起こってはならない現象に対しては、対数の法則や期待値にもとづく管理とは別の考え方が必要である。

 たとえば、「百万人に及ぶ死者を出すような原子力発電所のメルト・ダウン事故の発生する確率は一年間に百万分の一程度であり、したがって「一年当たりの期待死亡者」は一であるから、他のいろいろのリスク(自動車事故など)に比べてはるかに小さい」というような議論がなされることがあるが、それはナンセンスである。

 このような事故がもしおこったら、いわば「おしまい」である。こんなことが起きる確率は小さいはずであるなどといっても、何の慰めにもならない。また、もしそのことが起こらなかったら、何の変化もないので、毎年平均一人はそれで死んだはずであるダなどというのはまったく架空の話でしかない。このような事故に対して、料率が百万分の一の保険をかける、あるいはその他の対策によって「万一にそなえる」というのは無意味である。なすべきことはこのような事故が「絶対起こらないようにする」ことであり、そのうえでこのようなことが起こる可能性は無視することである。・・・
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