草原植物の多様性世界記録 元茨城学習センター所長 塩見正衛

投稿日: 2013/09/03 14:17:19

2001年から4年間、環境庁の資金で、「高地草原における環境変動に関する研究」が中国青海省で行われた。私たは茨城大学でチームを作りそれに参加して、植生の研究をすることになった。私たちの調査地は、青海省西寧市にある国立高原生物研究所の海北県にある試験地に所在した。西寧市から自動車で4時間以上かかる標高4000mの山を越えた盆地である。試験地は標高3200m、夏でも夜の気温は零下に下がることがある。遥か西北には5000mを超える祁連山がそびえていて、頂には白く光る氷河が見えた。祁連山から来る河が草原を横切り湿潤で、そこには豊富な牧草が茂り、牧民はヤクやヒツジを飼っていた。その盆地は、地図で見ると、中国最大の塩水湖、青海湖から遠くない。低い気圧になれていない私たちには、厳しい労働条件と半煮えのまずい食事が待っていた。普段の半分くらいの速度で休み休み斜面を歩き、食事は丼のように汁をかけて飲み込んだ。2001年8月に訪問したとき、最近、塩見の方法Shiyomi methodと言われた調査法で、牧草地の調査を始めた。しかし、まず植物が日本の植物とは全く違うこと、また、植物の種類がとても多いために、この調査法では、滞在中に調査が終了できないことがすぐに分かった。こうして、2001年夏は大した成果をあげることなく帰国せざるをえなかった。2年目には、前年よりも調査する面積を減らして、その代わりより詳細に調査することに決めた。いささか細部にわたるが、牧草地に10mのラインを引き、1辺10cmの針金で作った正方形の枠内の牧草を地際で刈り取って、紙袋に入れる。このようにして次々に100個の紙袋に刈り取った牧草を詰めて、実験室に持ち帰った。実験室では、中国側の共同研究者を含め5人で、袋ごとに植物を分類し、植物の種類ごとに小さな袋に詰めて、電熱乾燥を行った。翌日、十分乾燥した植物を、精密な重量計で測定し、袋ごと・植物の種類ごとに種類名と種類数、それに重量を記載していった。その作業は単純だが、相当な時間を要した。作業中に、私たちは10cm四方の面積当たり種類数が非常に多いことに気がついた。帰国後集計してみると、実に、平均15.5~19.7種類もの植物が生えていたのである。

日本に帰ってから、私たちは急いで日本でもまったく同じ規模の調査をしてみた。栃木県西那須野町(当時)に所在する農林水産省草地試験場の野草地である。そこには、30年以上にわたって、野草放牧地が試験地として保全されてきていた。そこの調査地では、10cm四方に生えている植物は、平均たった4~5種類だけであった。

私たちは、それからはコンピュータで世界中の論文を検索して、「誰か、このような小面積の調査をしていないかどうか」を調べた。そして、いくつか同じような小面積で調べた結果を見つけた。バルト海にスウェーデンが領有しているエーランドという島がある。その海岸地帯では10cm四方の面積に12.1~16.3種類の植物があると記録されているた。また、バルト海南側のエストニア・リガ湾に近い内陸の、森林化しつつある草原では、同じ面積に平均4.0~17.7種類があると記録されていた。

私たちは、バルト海沿岸の草原よりも青海省にある私たちの調査地の方が種類数が多いことに確信をもったので、そのことを論文で発表しようと考え、ある国際誌に「世界記録」と書いて投稿した。しかし、論文の審査委員からは、「世界記録」の語を削除するようにコメントがついて戻されてきた。私たちはちょっと悔しい思いをしたけれども、そのコメントを受け入れて論文を受理してもらう方を選んだ。

青海省で私たちはなぜその場所選んだか?それは、全く偶然で、単に宿舎から近いためだけであった。気圧の低い高地で移動するのは、なれない私たちにとってとても大変だったからである。文献で調べると、青海省では、私たちの調査地のような種類数が多い場所は他に見つかっていない。残念ながら、その後、調査は継続できなかったので、この牧草地の植物の種類数がなぜこんなに多いのかを明らかにするまでには至らなかった。

青海省で行ったこの調査が10年後、2013年にエストニアに行く契機になった。(8/25/13)